2026/08/19 10:00

現在、ドイツ・アーヘンでは「FEI World Championships Aachen 2026」が開催されています。
アーヘンはドイツ西部、ベルギーとオランダとの国境に近い街です。馬術の世界では、
毎年「CHIO Aachen」が開催される特別な場所として知られ、
世界中からトップクラスの人馬と多くの観客が集まります。
今回の世界選手権についても、順位や得点、メダル争いなど競技面での話題はたくさんあります。
ただ今回は、そこから少し離れて、違う側面にも目を向けてみたいと思います。
👂 それが、馬が競技会場で聞いている「音」です。
そしてこの「音」をめぐって、今FEIでは少し興味深い議論が起こっています。
「競技中の馬に耳栓を認めてもよいのではないか」
というものです。
一見すると、単なる馬具のルール変更のようにも見えます。
でも少し掘り下げてみると、これは近年の馬術界で大きなテーマになっている
「ホースウェルフェア」にもつながる話なのではないでしょうか。
🐴 日本でも身近なイヤーネットと「耳栓」
イヤーネットは、日本でもとても身近な馬具です。
虫よけとして使ったり、ゼッケンなどとカラーを合わせたり、
普段のレッスンから競技まで幅広く使われています。
その中には、耳部分を厚くしたり特殊な素材を使用したりすることで、
周囲の音を軽減する「Soundless」や「Noise Reducing」と呼ばれるタイプもあります。
FEIでもイヤーネットの使用は認められており、音を軽減する機能を持ったタイプも使用できます。
一方、現在のFEI馬場馬術では、馬の耳の中に直接入れる「ear plugs」、
つまり耳栓を競技中に使用することは認められていません。
耳栓が使えるのは、ホースインスペクションや表彰式など限られた場面です。
🤔 ここで少し疑問に感じませんか。
「音を軽減するイヤーネットは使えるのに、どうして耳栓はダメなのだろう?」
ということです。
❓ なぜ競技中の耳栓は禁止されているのでしょうか
FEIの規則には、「この理由によって耳栓を禁止しています」と一文で説明されているわけではありません。
ただ、これまでの規則やルール改定時の議論を見ていくと、その背景にある考え方は少し見えてきます。
これまでFEIでは、競技中は観客の拍手や周囲の音も含めた環境の中で、
馬が落ち着いて演技できることも求められてきました。
大きな会場に行けば、普段とは違う音がします。
観客がいます。
👏 拍手もあります。
場内アナウンスも流れます。
そうした環境に馬を慣らし、その中でも騎手に集中できるようにする。
そこまで含めて競技馬のトレーニングであり、その環境の中で馬を落ち着かせて演技することも、
ライダーに求められる力のひとつと考えられてきたのではないでしょうか。
イヤーネットは耳の外側から音を和らげますが、耳栓は耳道に直接入れて、
馬に届く音をより大きく遮ります。
そのため現在は、
「イヤーネットによって音を軽減することは認める」
一方で、
「耳の中に直接入れて音を大きく遮る耳栓は、競技中には認めない」
という線引きになっています。
ただし、表彰式やホースインスペクションでは、安全上の理由から耳栓の使用が認められています。
そう考えると、「耳栓そのものが危険だから禁止されている」というよりも、
「競技中は、その会場の音も聞こえる状態で演技することを前提としてきた」
という考え方に近いのかもしれません。
💭 では、なぜ今「耳栓を認めてもよいのでは」という声が出ているのでしょうか
2027年のFEI馬場馬術規則改定に向けて、
European Equestrian Federationや米国馬術連盟など複数の団体から、
競技中の耳栓を認めるよう提案が出ています。
そして興味深いのが、FEIのDressage Technical Committeeも、
この提案を完全に否定しているわけではないことです。
認めるのであれば「フリースタイルに限定する」という方向が検討されています。
なぜ「フリースタイル」なのでしょうか。
ここには、海外の大きな大会ならではの競技環境が関係しているのかもしれません。
🎶 海外のフリースタイルは、日本で見る馬場馬術とは少し雰囲気が違います
日本の馬場馬術競技を見ていると、演技中は比較的静かに見守り、
最後の敬礼を終えてから拍手が起こるという光景が多いように思います。
もちろん海外でも、演技中ずっと観客が騒いでいるわけではありません。
ただ、大きな国際大会、とくにフリースタイルでは少し雰囲気が違います。
素晴らしいピアッフェやパッサージュ、最後のセンターラインなどでは、
演技がまだ終わっていなくても拍手や歓声が起こることがあります。
過去の世界選手権やオリンピックでも、
最終センターラインに入ったところから観客の拍手が始まった例があります。
反対に、音に敏感な馬について、選手側から観客に
「演技中は拍手を控えてほしい」とお願いしたケースもありました。
世界トップクラスの競技馬であっても、拍手や歓声にまったく影響を受けないわけではないのでしょう。
🏟️ 4万人の観客と音楽

今回のアーヘンでは、馬場馬術が約4万人規模のメインスタジアムで行われました。
フリースタイルでは、もちろん音楽が流れます。
さらに会場には、
「大規模な音響設備」
「場内アナウンス」
「何万人もの観客」
「演技中に突然起こる拍手」
「歓声」
などがあります。
馬が聞いているのは、単にフリースタイルの音楽だけではありません。
日本の国内競技を中心に見ていると、
「馬場馬術で、そこまで耳栓が必要なのかな?」
と感じる方もいるかもしれません。
でも、数万人の観客がいるスタジアムで音楽が流れ、見せ場では演技中から拍手や歓声が起こる。
そんな環境を想像してみると、「フリースタイルでは耳栓を使えるようにしてもよいのでは」
という意見が出てくる理由も、少し見えてくるように思います。
🌿 「馬を慣らす」だけでいいのでしょうか
ただし、アーヘンのような巨大な会場は最近突然生まれたものではありません。
アーヘンでは2006年の世界選手権でも、約4万人規模のスタジアムで馬場馬術が行われています。
つまり、
「最近になって会場が大きくなったから、耳栓が必要になった」
という単純な話ではなさそうです。
では、何が変わってきているのでしょうか。
もしかすると、変わりつつあるのは「考え方」の方なのかもしれません。
これまでは、
「拍手や歓声に驚かないように馬を慣らす」
「大きな会場でも騎手に集中できるようにする」
「そこで落ち着いて演技させることもライダーの力量」
という考え方が強くありました。
もちろん、それが間違いになったわけではありません。
競技馬をさまざまな環境に慣らすことは、これからも大切なトレーニングでしょう。
でも、その一方で、
「人間が競技を盛り上げるために作った環境を、馬にどこまで受け入れてもらうべきなのだろう?」
という視点も、以前より大切にされるようになってきているのではないでしょうか。
音楽を流すのも人間です。
大きなスピーカーを設置するのも人間です。
何万人もの観客を集め、スポーツとして盛り上げるのも人間です。
そう考えると、
「馬が慣れればいい」
だけではなく、
「人間側にも、馬のためにできることがあるのではないか」
と考えるのは、とても自然なことのようにも思えます。
今回の耳栓をめぐる議論は、そんなホースウェルフェアに対する考え方の変化が、
「音」という身近なところにも表れてきている例なのかもしれません。
🔊 「耳栓を使わせてほしい」という考えと、「音を小さくしよう」という考え
さらに興味深いのが、British Equestrianの提案です。
英国側は、単純に耳栓を解禁すればいいとは考えていません。
耳栓を使用することで他の感覚が鋭くなり、
かえって馬が周囲の刺激に反応しやすくなる可能性を示す研究もあるとして、別の方法を提案しています。
それが、
「フリースタイルの音楽そのものに最大デシベルを設定してはどうか」
というものです。
つまり一方には、
「大きな音があるなら、馬に耳栓を使えるようにしてはどうか」
という考えがあります。
もう一方には、
「馬に耳栓をさせる前に、人間側が出している音を見直してみてはどうか」
という考えがあります。
方法は違いますが、どちらも同じ方向を見ているように思います。
「馬に全部を我慢させるのではなく、人間側にもできることがあるのではないか」
ということです。
👏 観客が盛り上がることと、馬のウェルフェア
もちろん、
「演技中は観客が絶対に静かにするべき」
という話でもないと思います。
海外の大きなフリースタイルを見ると、観客の反応もその魅力のひとつです。
見事な演技に自然と拍手が起こる。
最後のセンターラインで会場が一気に盛り上がる。
🎵 音楽と演技と観客が一体になる。
そうした雰囲気があるからこそ、馬術を知らない人まで引き込まれる部分もあるのではないでしょうか。
馬術をスポーツとして発展させ、多くの人に楽しんでもらうためには、そうした盛り上がりも大切です。
一方、その舞台に立っているのは馬です。
「観客に楽しんでもらいたい」
「競技をもっと盛り上げたい」
そして、
「馬には必要以上の負担をかけたくない」
この3つを、どうやって両立していくのがよいのでしょうか。
以前なら「その環境に馬を慣らすことも競技のうち」と考えられていた部分に、
今は「人間側も環境を少し見直してみよう」という考え方が加わり始めているように感じます。
🐴 耳栓の議論から見えてくるもの
イヤーネットは、日本でも普段のレッスンから競技まで、とても身近な馬具です。
その中にある「Soundless」や「Noise Reducing」というタイプも、
馬が周囲から受ける音の刺激を少し和らげるためのものです。
もちろん、遮音タイプのイヤーネットと耳栓は同じものではありません。
現在のFEIでは、
「イヤーネットによる音の軽減は認める」
「耳道に直接入れる耳栓は競技中には認めない」
という線引きがあります。
そして今、その線引きを「フリースタイルでは見直してもよいのではないか」という議論が始まっています。
これは、単なる耳栓のルール変更の話なのでしょうか。
それとも、
「馬を競技環境に慣らす」
というこれまでの考え方に、
「競技環境の方も、もう少し馬に寄り添えるのではないか」
という新しい視点が加わり始めているのでしょうか。
🌿 アーヘン世界選手権を順位や得点とは少し違った角度から見てみると、
「馬術をどう盛り上げるか」だけではなく、「その中で馬にどう寄り添っていくのか」という、
これからの馬術にとって大切なテーマも見えてくるように思います。
